AMDA兵庫役員紹介

江口 貴博 AMDA兵庫 理事長

男の子3人、末娘1人の4児のパパ。
兵庫県立こども病院に勤務していた時の縁が元で、AMDAネパール子ども病院の建設プロジェクトに参加して15年。当時の専門は小児脳外科医でしたが、最初に与えられた仕事はお金集め。チャリティー企画や企業回りなど、医者らしくない活動がようやく板についてきました。2000年、ボランティアに専念するために7つの非常勤を掛け持ちする「医者版フリーター」に。同時に、明石の有志を中心に、AMDA兵庫を応援する無限会社「奇兵隊」を設立。どんどん人を巻き込んで、支援の輪を広げています。「面白き事も無き世におもしろく」。医療の資格の有無に関係なく活躍の場がある「AMDA兵庫」で、一緒に楽しく活動しませんか。

 

中山 正紀 AMDA兵庫 副理事長(事務局担当)

本業は税理士です。
I Serve, We Serve!
ボランティアに決まった形はありません できることをマイペースで
AMDAは楽しいところです

 

桂木 聡子 AMDA兵庫 副理事長(対外交渉担当)

薬剤師
この写真は、私がAMDA兵庫県支部のメンバーとして初めてネパールに行ったときのものです。乳幼児の死亡率が高く、日本だったら生きられるはずの多くの命が消えていく国に子供と女性のための病院を建てるために訪れました。言葉も気候も生活習慣も全てのものが日本とは違う国で活動するのだからと、調べられるだけのことを調べ、準備したつもりでしたが、第一歩を踏み出したときから驚きの連続でした。首都カトマンズから離れたブトワールで私たちを迎えてくれた子どもたちは、皆生き生きとした目をして、力強く、好奇心旺盛で明るかったです。人の温かさと優しさに触れて私の緊張などいっぺんに吹き飛んでしまいました。また、準備したはずのものが現地のニーズにそぐわず全く役に立たないと言うこともありました。ごちゃごちゃと頭で考えるだけでなく、実際に現場を感じることが大切だと知りました。それから毎年ネパールを訪れ、今も知り合った沢山の方に助けられています。勿論、私が活動できるのも支えてくれる仲間がいるから。興味がある方、ご一緒しませんか?

 

小倉 健一郎 AMDA兵庫 副理事長(筆頭)

AMDA兵庫県支部の突撃隊長、自称災害医療のエキスパートの小倉健一郎です。東北津波震災では、翌朝に鈴記医師と神戸を発ち、13日には仙台で避難所の支援活動を開始しました。その後、宮城県石巻市に赴任し、雄勝診療所長として被災地の地域医療に2年半専念しました。

 

AMDA兵庫理事紹介

早瀬麻子(書記)

助産師をしています。菅波代表の本を読んだのがきっかけでアムダに入り、1998年、ネパール子ども病院設立時に初めてネパールを訪れました。
途上国に行くといろんなハプニングが起こり、日々驚きの連続ですが、現地の人達と協力してうまくいくととても嬉しく、それもまた国際協力の醍醐味です。子ども達の笑顔がほんとにかわいくて人なつこく何度も足を運びたくなってしまう場所で、いつ行ってもみんな温かく迎えてくれます。
兵庫県支部では国内でも様々なイベントをしたり、みんなでわいわい楽しくやっています。東北の復興支援、被災地間交流はこれからも継続していきます。日本にいても身近にできるボランティアはたくさんあります。ぜひ一度兵庫県支部に遊びにお越しくださいませ。

 

神徳 規子

小児看護に携わって43年。長いな…と自分でも感心します。小児看護の知識と経験をIn take した臨床15年。その経験と知識をOut put した看護教育28年.やっとリタイアしました。
今後はネパールへ向けて、異文化、医療レベル格差を乗り越えOut put を続けていきたいと思っています。

 

竹中 有香子

京都の病院に勤める助産師です。
AMDA兵庫の活動には以前から参加させてもらっていましたが、ネパールには一度、2005年の3ヶ月間だけ、こども病院に滞在して研修させてもらいました。
技術指導などという立派なものではなく、現地の現状を見せていただいて日本に報告するという程度のことしかできませんでしたが、ネパールの人たちからいろいろ学ばせてもらいました。
この写真はネパールのお祭りの日におでこに“ティカ”をつけてもらっているところです。
今は京都に住んでいるので、なかなか兵庫での積極的な活動ができていませんが、支部メンバーやAMDAを通して出会える人たちの個性あふれる魅力のおかげで、定例会のための神戸通いが毎月の楽しみになっています。

 

相羽 亜紀子

私は1998年ネパール子ども病院設立時より関わっています。
その頃は看護師免許を取得後で、病院で働きながら、海外ボランティア活動がしたいな~と思っていました。 たまたま同病院で勤務していた江口先生(現支部長)から、子ども病院でのボランティア活動のお誘いを受けました。「行きたい!」、その思いだけで、すぐ返事し、その数か月後には、見しらぬドクター(連医師)や薬剤師さん(桂木さん)と待ち合わせし共にネパールへ旅立ちました。それから、現在に至ります。
どんなご縁で、何がきっかけになるかは、わからないものです。でも、そんなふとした思いや行動がいろんな仲間との出会いや今の自分を作ってくれているのだと思います。
今は、東北支援に一年に一度行っています。病院に勤務しているため、長期では行けないのですが、 ネパール支援と同様、『継続は力なり』精神で続けていけたらいいなと思っています。

 

中田 由紀(会計担当)

かれこれ20年位前の話ですが、兵庫県立こども病院の医局秘書として勤務していた頃、小児外科医の連 敏博医師(AMDA兵庫初代支部長)がネパール子ども病院の初代院長となるポカレル医師を熱心にご指導されていたのを見ておりました。そうした縁もあって、その後発足したAMDA兵庫県支部の会員となり、現在に至っています。
ネパール子ども病院には2回行きました。小児医療の大切さは痛感しております。一人でも多くの小さな命が助けられますようにと思っております。ファミリーハウスが完成した暁には、是非この目で確かめたいです。

 

藤本 瑞穂 (書記)

臨床検査技師をしています。海外の医療支援がしたくていろいろと探していたところ、兵庫県にAMDAの支部が立ち上がるよ、と教えてくださる方がいて、当時事務局になっていたこども病院へ連絡をとったのがAMDA兵庫県支部と関わるようになったきっかけです。途中寄り道をたくさんしましたが、今はAMDA兵庫県支部の国内イベントに参加しています。東北支援はその中でも大きなイベントです。
兵庫県支部を通じて出会った人たちは私にとって、とても刺激のある人たちです。これからも活動を通じてたくさんの人に出会って行きたいと思います。 何かしてみたいなと思われている方は、一度私たちと一緒に活動してみませんか。 活動を通して、何かが見えてくるかもしれません。

 

小林 真也子

はじめまして。小林真也子です。
今までにAMDAの活動も含めてネパールには5回訪問しております。ネパール人留学生のお世話もさせていただいております。回を重ねるごとにカトマンズやブトワールの町は発展していきますが、いつでも変わらないのは子どもたちです。とても人懐こくて素直です。今の日本が多くのものを得た代わりに失ったものがネパールには沢山あります。経済的にはまだまだ貧しい国ですが、子どもたちの笑顔はネパールの国の宝物だと思います。 これからもまた機会があればネパールを訪問したいと思います。

 

監事 桶川 勝記

私はH25年の秋、約50年の会社員生活にようやくピリオドを打つことができました。AMDA兵庫県支部のメンバーの中では珍しく医療関係者ではありません。AMDAの活動に興味を持ったきっかけは、長年ネパール支援活動をしていた従妹に誘われて、ネパール子ども病院開院10周年の式典に参加して、初めてネパールという国へ行ったことです。 カトマンズからさらに小型飛行機に乗り、現地に到着しました。子ども病院の周辺の様子から生活は日本に比べると非常に貧しいにも関わらず、子どもたちのキラキラした目の輝きに感動したからです。それで何か自分にも出来ることがあればという思いで入会しました。
緊急支援という意味でのAMDA本来の活動は出来ませんが、毎月の例会に出席して、他の会員のみなさんの意見を聞いてエネルギーをもらっています。10月には2回目の東日本支援活動に行きました。

 

監事 神徳 和郎

2013年3月に完全リタイア後に神戸から長崎市へ転居し、長崎スローライフ(半農半漁時々海外)を満喫しています。遠方ですのでアムダ兵庫県支部例会出席は年2回、5月総会と12月例会としていますが様々なニュースソースもあり、活動の中心から少し離れたスタンスなりに密接な繋がりを維持したいと考えています。宜しくお願いします。